芭蕉 雲雀より空にやすらふ峠かな 4月22日(旧暦 三月三日)土曜日

 雲雀より空にやすらふ峠かな 芭蕉

「臍(ほそ)峠 多武峰ヨリ竜門へ越道也。」と前書して「笈の小文」葛城山のあとに掲載。貞享五年三月二十二日(1688年4月22日すなわち335年前の今日)の吟です。この日、芭蕉一行は臍(細)峠から竜門岳ルートをとり竜門の滝*を下り、平尾村(現、吉野町平尾)へ出、そこに宿泊**します。

* 竜門の滝での吟。竜門の花や上戸の土産にせむ 酒飲みに語らんかかる滝の花 なお、芭蕉の84年後の明和九年(1772年)に、本居宣長は吉野山を訪れています。「菅笠日記」によりますと三月六日から八日(4月8~10日)にかけて、宣長は初瀬~多武峰~吉野山にあって、かねてからの竜門の滝を見たいという願いを「道しるべせし者のさてはいたく遠くて道もけはしきよしいひしかば。」断念せざるを得なかったと悔しがっています。宣長は龍在峠より臍峠に向かわずそのまま滝畑、吉野への道を下ったと思われます。  **翌年三月出板の「曠野」に掲句(「中句が「上にやすらふ」)と共に収録されています「大和国草(平)尾村 花の陰謡に似たる旅ねかな」の句がこの時の吟詠です。

chatGPT斎 今日の一句  雲雀の 卵から生まれる 鳥ではない***

***GPT斎自釈「この俳句は、『雲雀の卵から生まれる』という一般的なイメージと異なる何かが生まれることを暗示しています。『鳥ではない』というフレーズは、鳥以外の何かが生まれることを示唆していると解釈できます。具体的に何が生まれるのかは、聞き手の想像力に委ねられます。例えば、架空の生き物、もしくは何らかのシンボル的な存在などが考えられます。また、シュールな解釈としては、卵から直接雲雀が生まれるのではなく、異質なものが生まれるという解釈も可能です。」

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