芭蕉 有難や雪をかほらす風の音 7月20日(旧暦 六月三日)木曜日 土用入

有難や雪をかほらす風の音 芭蕉

おくのほそ道に、「四日、本坊にをゐて俳諧興行。/ 有難や雪をかほらす南谷」とある句の元の句です。南谷は羽黒山別当寺の別院で、当時別当代会覚阿闍梨の住まいでした。

新庄を発った芭蕉は、本合海で風流紹介の船宿から最上川を下ります。いい天気でした。船番所のある古川の船宿にも風流の紹介状があり、出手形も新庄で用意してもらっていたのでスムーズに関所を越え、船を乗り継ぎ仙人堂や白糸の滝を右に見ながら清川に向かいました。しかし清川の鶴岡藩の番所では、紹介状なしでは「船ヨリアゲズ。一り半、雁川」まで行き上陸、16時ごろ羽黒山手向荒町の近藤左吉(露丸)宅に到着しました。

翌日、元禄二年六月四日(1689年7月20日)芭蕉は会覚に謁見の後、本坊において掲句を発句に八吟歌仙興行を始めました。脇は露丸、 住程人のむすぶ夏草 第三は曽良、川船のつなに蛍を引立て  歌仙は、この日表六句にて中断、翌日に持ち越しました。

今日は夏の土用入です。因みに元禄二年の暦では六月二日が土用入でした。

chatGPT斎 今日の一句  雪渓の 熊の跡白し 永久 

以下、「(公益社団法人)俳人協会・俳句文学館」HP「今日の一句:2022年06月」の「六月二十八日」欄からの引用です。

蕉再ずをつかに守宮(やもり)林 昌華

奥の細道の一部を遡行し、羽黒山を訪う。芭蕉が「有難や雪をかをらす南谷」と詠み、出羽三山巡礼の本拠となった南谷の遺跡においての作。

「林 昌華集」
自註現代俳句シリーズ四( 三七)

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